2009年07月05日

うつ病になった経緯(3)

2007年9月、自分は現在も通っているクリニックの門をたたいた。

クリニックに行く前、ネットでうつ病のチェックを調べたと記憶している。結果は抑うつ状態で要注意だった。

会社で設置されているメンタルヘルスの相談電話に連絡して安心した。応対したカウンセラーさんは話をよく聞いてくれるし、これならば通院することで回復するだろうと楽観的に考えていた。

投薬とカウンセリングによる治療が始まった。
自分から基本的に訴えたことは、この会社はレベルが高くて、自分はここでやってけるだろうかという不安感である。
担当になったカウンセラーさん(今もお世話になっている)は、話をよく聞いてくれ、いろいろアドバイスしてくれたと記憶している。具体的な内容はすでに記憶に残っていない。

薬はドグマチールだった。通院は職場には隠していた。
何も知らなかった当時の自分は、胃腸をよくする薬程度の認識だった。胃潰瘍を防ぐためかな?と思っていた。

9月〜11月にかけて1時間x5回のカウンセリングを行い、自分の不安感と落ち込みもだいぶ回復してきていた。5回目のカウンセリングで自分は一区切りつけることにした。
このとき、自分はこう思っていた。職場のレベルは高いけど、今は戸惑っているだけ。いずれ自分も慣れてきて、そうすれば自分の力を発揮できるようになるさ、今までだってそうじゃなかったじゃないか…。
カウンセラーさんから「顔が明るくなりましたね」と言われたことが印象的だった。

そう、2007年の秋頃はだいぶ回復していた。不安感も少なくなり、ドグマチールを飲み忘れる日もあったくらいだった。通院も月に1度になっていた。

しかし12月に入って、プロジェクトが進んでレビューが多くなってくると、また不安感が大きくなり始めた。プロジェクトのメンバーは自分よりも若手が多く、レビューを難なくこなしていく。
中には英語によるディスカッションもあった。自分は英語に大きな苦手意識があるのだけれども、若手たちはそれをも難なくこなせてしまう。これも大きなコンプレックスになった。

そうやって落ち込みが大きくなっていき、睡眠障害が現れた。起床時刻前に目が覚めてしまうという、典型的なうつ傷害だ。

レビューが怖い。自分のレビューはもちろん、他人が突っ込まれていく場面も見るのもイヤだ。

会社に行きたくない気持ちも強くなっていった。でも、その気持ちを何とか抑えてあまり欠勤をせずに出社していった。
クリニックからはレンドルミンが処方された。

年末年始を迎え、大きな転機が訪れる。
年明けに大きな組織の変更が行われ、自分は別の課に配属されることになった。新しい課ではこれまで親交はあったものの、前の課で一緒の人はいなかった。前の課では自分を助けてくれ、一番親交のあった人とも離ればなれになってしまった。

新しく配属された課では、課長をはじめ、メンバーが皆個性的かつレベルの高いメンバーだった。この中でやっていけるのか…不安感はますます大きくなっていった。

配属された初日、いきなり課長から、ある業務のとりまとめ役を命じられた。あのメンバーの中でとりまとめ役…メイン業務だけで一杯一杯なのにさらに業務負荷がかかる形になり、自分は頭を抱え込むことになった。

でも、今振り返れば、まだこのぐらいの負荷なら休職することなくこなせていたのかもしれない。結果論だけれども、周囲によく相談していれば自分の不安感もある程度は解消できるかもしれなかった。

しかしさらに自分を不安にさせる事態が訪れる。
2008年1月半ばのことである。

(続く)
ペタしてね


ラベル:うつ病 転職
posted by tethys at 15:27| Comment(13) | TrackBack(0) | 転職 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

D-VHSからBlu-rayへ(とりあえず完)

本エントリは、自分への備忘録なので、わからない人には意味不明な単語が並びます。読み流してください。

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posted by tethys at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | PC自作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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