2009年07月12日

うつ病になった経緯(4)

これまで、会社の人間には伝えずに通院していた。2007年の秋に快方に向かったこともあって、このまま治るだろうと甘く見ていた。

しかし、それは見方によっては会社は自分の事情など配慮してくれないということであった。プロジェクトが進むにつれて自分の負荷が大きなり、こなせるかという不安感が強まり、年末にかけてどんどん症状が悪化していった。

さらに年が明けて、課の異動、ある業務でのメンバーとりまとめ役といった負荷がのしかかり、自分でもどうやっていいのかわからないまま、周りに相談もせずに抱え込んでいった。典型的な悪い例である。

症状が悪くなったので、ドグマチールからトレドミンに薬が変更になった。

そんな状態の中で2008年1月半ば、上司と定期面談があった。これは、昨年を振り返るとともに、今年の自分の業務方針を決めるものであった。

2008年となり、今自分が苦しんでいるプロジェクトも終盤になりつつあり、新しいプロジェクトを検討する段階に入っていた。面談ではその新プロジェクトにおける自分のポジションを伝えられた。

そのポジションとは、海外の開発会社の窓口となり、とりまとめる役であった。

これに自分は大きな衝撃を受けた。全く未経験な上に苦手意識のある内容だったからである。

自分は英語に強い苦手意識を持っていた。
恥ずかしながらエンジニアのくせに、前の会社では、海外出張などしたことがなかった。英語の仕様書は読めるものの、ディスカッションなどは全くの未経験だった。
もともと日本語でのコミュニケーションも苦手なのに、英語なんてもってのほかだった。

しかしこの会社に転職してから、業務の一部を海外の会社に委託していることがわかり、メンバーの誰もが、英語でのメールのやりとり、レビュー、フェイスtoフェイスなディスカッションを経験していた。

そのことは、元々持っていた自分の英語への苦手意識をさらに強くした。
遅れを取り戻すべく、転職してから、長時間残業した後も、TOEICの勉強を毎日していた。
しかしいくら勉強しても、(元々気の進まないこともあってか)すぐに追いつけるものではなかった。
そんな状態だったので、英語のレビューでは言葉に詰まることがしばしばあった。それでますます英語にコンプレックスを持つようになった。

そんな中のこのポジションであった。

周囲のレベルの高さ、異動、これまでのプロジェクトで一杯一杯の状態、そんな負荷の中で告げられたこのポジションに、自分は胸を矢で射抜かれたようなショックを受けた。

こんな業務とてもつとまりそうにない。この先この会社でやっていけるのか…。

いつまでもそんな思いがぐるぐる回っていた。
(続く)

ペタしてね


posted by tethys at 00:01| Comment(12) | TrackBack(0) | 転職 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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